日記 5/31

 日記、というわりには時間が空きすぎてるな。えー、先々週の話だ。ご飯を食べに行った。なんと、ファンの子と。
 ……ファン!?

(今回の日記を書くにあたって、彼女には事前に許可を取っています。ありがとうございます)

 自分に「ファン」なるものがいてくださること、まだフワフワとしていて現実味がない。びっくりする。している、ずっと。ファン、って不思議な響きだ。どうでもいい話だけど、母親はファンのことをほとんど「フアン」と発音する。不安な響きだ。
 ご飯に行った子、仮に名前をMちゃんとしよう。Mちゃんはどうやら、5年前、私が某D社のヴィランをモチーフにした女性向けソーシャルゲームの二次創作をやっていたころから読んでいてくれている子らしい。
 あのころの記憶は、思い返すだけで死にたくなるような恥ずかしいものばかりだけど(二次創作に限らず、私生活でも)、それはそれとしてあのころの文章を上手く書けるようになるぞ! という情熱は凄まじかったと思う。今はたぶんもう、あそこまでの熱量で文章は書けない。体力がなくて……。
 そういうわけでMちゃんは二次創作から私を見つけ、一次創作のイベントにも頻繁に来てくれていた子である。可愛い服を着ている可愛い子がいるなー、というイメージだった。地雷系・量産系というのは、アイドルが「いつもあんな感じの服を着ている子」ということで特定ファンを認知しやすいので現場に来ていくと効果的、というのを地雷・量産系黎明期のテレビで見た覚えがあるけど、事実そうなんだろうな。私人の顔ぜんぜん覚えられないほうだけど、服で判断できるから正直めちゃ助かってたし。
 話を戻す。Mちゃんとご飯に行くことになった経緯は、詳細は省略するけど私の方から誘った。世の中には書き手/描き手とROM専とで明確に対応を分ける人も少なくないっぽいけど、私の場合はあまりそういうことはない。っていうか、普通に同じオタクだし……。あとは、私がそうしてもらえて嬉しかったから、というのもある。
 そんなわけで私はぜんぜん、趣味や嗜好が合えば誰とでも友達になりたいタイプだし誰とでもご飯に行きたいタイプなのだ。まあ全員が全員そうとは限らないだろうから、普段は自重してるけど。
 本当は、こんなところまでわざわざ見に来てしまっているおまえとも、ご飯に行きたいんだぞ、私は。
 
 自分から誘ったくせに、当日まで本当の本当にド緊張だった。本当に緊張しすぎて、周りのほぼ全員に「自分のファン(←!?)の子とご飯に行くんだけど、どうすればいい!?」と聞いて回っていた。おまえが緊張すんのかよと言われた。それもそう。
 本当に緊張し過ぎて、普段誰と遊んでも適当に鳥貴族とか入ってしまう人間のくせにちゃんと良い感じの店まで予約した。良い店だった。

 で、当日。当日の話はまあ、詳細はあまり書かないでおこう。人と人との会話はその場で発生している、その人だけのものだから意味があるわけで、それを書き起こして残しておくのもなんとなく違うかな、と思うし。
 シンプルに、特定コンテンツへのめちゃくちゃな悪口でめちゃくちゃ盛り上がってしまったからここに書けない、という話なんですけど。

 で、ここからが今日の本題。なんで私が二週間前の記憶を引っ張り出してきて今書き起こしているのか、という。
 二次創作はオタクのホールデン・コールフィールド、というツイートを見た。『オタクのホールデン・コールフィールド』とかで調べれば出てくると思う。
 『ライ麦畑でつかまえて』の話だ。私は全部は読めていないんだけど(いつかちゃんと読みたい)、有名なセリフくらいは知っている。ぼくはライ麦畑から落ちてしまった子供をつかまえる人になりたい、というやつ。世界からこぼれ落ちてしまった子供をすくいあげる役割。それになるために二次創作をやっている、という話、だと思う、たぶん。
 正直この考え自体は、まっっっったく良くないと思う。というか、たかだか二次創作の書き手如きがこれをいうのはアウトだ。自分たちがやっているのは原作のキャラと原作の設定に勝手に乗っかって改変しているだけで、そこに高潔さなんてあったもんじゃない。傲慢極まりない。思い上がりも甚だしい。まっっっっっったく、良くない。
 唯一私の中でこれの例外なのはアイドルマスターの二次創作だけど、これについては少し長くなるのでまたどこかで話したい。私は、アイドルマスターの二次創作は「プロデュース」のひとつ、だと思っている、という話。
 ただ、Mちゃんの話を聞いていると、たぶん昔の私の二次創作は彼女にとっての「そういうもの」だったんだろうな、と思った。
 びっくりすることに、Mちゃんは私の二次創作や一次創作の本文を私よりもはるかに記憶していた。っていうか、私が覚えてなさすぎるだけなのかもしれない。とはいえ、紙ベースで残してある一次創作はともかく、二次創作なんて何年も前にアカウントは消していたし、pixivも結構非公開にしているし、再録として発行した同人誌もMちゃんは未所持だったらしく(在庫が残っていたからあげた)、ということは、個人的に保存していた画像データとかを読み返していたってことなんだろう、たぶん。
 ありがたいことだ、と思う。気恥ずかしいし、少しだけ座りの悪さも感じる。なんというか、分不相応な評価をもらってしまっている、というか。二次創作は所詮原作を借りているだけの存在に過ぎないので、こうして大事にしてもらえることは、嬉しいけれど、あきらかに身の丈に合わない評価だな、とも思う。なんだかむずむずする。
 ただ、自分が書いたものが、誰かにとっての大切になっていることを知ってしまったから、件のツイートを頭ごなしに否定することもできなくなってしまった。二次創作の書き手がこれを言うのは論外だという意見は変わらないけれど、かといって、二次創作はそういうものじゃない! とキレることもできない、という。世界は0or100でできてはいない、ということを私は重々承知しているし、そういう話をずっと書いていると思うのだけれど、こうして自分の中ではっきりと言い切ることができない事象とぶつかったときには、やっぱりまだ困惑してしまうんだなー、と思った。
 そういう日記。

 急に思い出したことだけど、何年か前に、これまた某D社のゲームの二次創作同人誌へのコメントで「久々に家族と会いたくなりました」というコメントが来たことがある。いいのかよ家族に会いたくなる原因がボーイズラブ同人誌で……と思ったりもしたが、それでも、どこかの家族がひさびさに一家揃ってご飯を食べるきっかけに、私が書いたものがなったのだとしたら、それはとても嬉しいことだな、と思った。
 


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